大判例

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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)5114号 判決

原告

株式会社

ゆうせん

右代表者

辻俊二

右訴訟代理人

西垣義明

被告

日本電信電話公社

右代表者総裁

秋草篤二

右訴訟代理人

斉藤健

右指定代理人

斉藤晶彦

外五名

被告

右代表者法務大臣

奥野誠亮

右指定代理人

根本真

外一名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判〈省略〉

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、有線音楽放送を業とする株式会社である。

2  被告日本電信電話公社(以下「被告公社」という。)は、昭和五三年一月一四日、静岡地方裁判所に対し、原告が電柱に添架した有線音楽放送用の線条等(線条及び線条を電柱に固定するために設置したバンド、引留金物等一切の有線音楽放送設備を含む。以下同様である。)の撤去などを求める仮処分申請(昭和五三年(ヨ)第八号仮処分事件)をし、同裁判所は、同月二四日、債務者(原告)は線条等を撤去しなければならない。債務者(原告)が右撤去しないときは、執行官は債務者(原告)の費用で撤去することができる旨の仮処分決定をした。

3  被告公社は、右仮処分決定に基づき、同年二月二日、同裁判所執行官に線条等撤去の執行申立をし、同執行官は、同月八日から一〇日まで、右仮処分の執行を実施した(以下「本件執行」という。)。

4  被告国の違法行為

本件執行は、左記(一)、(二)のとおり違法な執行であり、右は被告国の公権力の行使にあたる執行官がなしたものであるから、被告国は後記6の損害を賠償する義務を負うべきである。

(一) 本件執行は、執行力ある正本が一通しか付与されていないにもかかわらず、後記のように数か所において同時になされたもので違法である。執行手続において執行力ある正本の所持を義務づけられているのは、正当な権限に基づき執行するものであることを知らしめて執行手続の公正を担保するためであるから、直ちに呈示できない距離にある数か所にわたつて同時に執行するには、それぞれ執行力ある正本を所持しなければならない。しかるに、本件執行は、主任執行官甲野一平(以下「執行官甲野」という。)、執行援助者乙野二雄執行官(以下「執行官乙野」という。)の下で、静岡市内三か所及び清水市内三か所を同時に執行するという形で行われたが、執行力ある正本は執行官甲野が一通所持するのみで、静岡市内三か所で執行にあたつた執行官乙野は、執行力ある正本を所持していなかつたものであるから、違法な執行というべきである

(二) 本件執行は、その方法において妥当性を欠き原告に殊更に損害を加える目的、方法でなされたものであり違法である。すなわち、

(1) 線条を一スパン(電柱と電柱との間)又は二スパンで切断すると、全く利用価値のない、いわゆるくず線としての価値が残存するにすぎないが、三スパン以上の長さが保持されれば、再度利用でき、かつ市場販売価額と等しい価値が残るのであつて、両者の差は大であるところ、本件執行は、故意に、切断すれば再度添架しないだろうという意図で、線条のほとんどを一スパンごとに切断したものである。

(2) 中部電力株式会社所有の電力柱は、本件仮処分の執行の対象ではなく、従つて公社柱と電力柱間に添架されている線条は執行不能として執行すべきでないにもかかわらず、本件では電力柱付近の線条まで切断し執行したものであり違法である。

(3) 公社柱とユーザー(顧客)間に架設した線条は、ユーザーに貸与しているものであるから、右線条の撤去は通常は執行不能又は公社柱の引留金具付近で取りはずしユーザーの軒先に巻きつけておくのが適法な執行であるにもかかわらず、本件執行は、ユーザーへの引込線をユーザー宅軒先付近で切断したものであるから違法である。

5  被告公社の違法行為

被告公社は、静岡地方裁判所執行官に執行申立をした際、原告の財産権に損害を与えることのみを目的として別紙上申書を同執行官に提出したうえ、同執行官と共謀し若しくは同執行官を慫慂して、前記のとおり同執行官に本件執行をさせたものである。そして本件執行が違法なものであることは前記4(二)(1)ないし(3)で述べたとおりである。〈以下、事実省略〉

理由

一本件執行が行われたことについては当事者間に争いがないところ、原告は、本件執行は、静岡市、清水市各三か所で行われたにもかかわらず、執行力ある正本は執行官甲野が一通しか所持していなかつたから違法であり、被告国はそれによつて原告が被つた損害を賠償する責任があると主張するので、まずこの点につき検討する。

本件執行は、執行官甲野、執行援助者→執行官乙野の下で静岡市三か所及び清水市三か所を同時に執行するという形で行われたが、執行力ある正本は一通しか付与されておらず、その一通は執行官甲野が所持していたことは当事者間に争いなく、右争いのない事実及び〈証拠〉を総合すると、本件執行は、同一執行官の職務執行区域内の静岡市及び清水市の各一部に所在する被告公社所有の電柱(七五五本)に不法に添架された有線音楽放送用の線条を撤去するものであり執行の対象とされた右線条は外形上一本に連続したものではないが両市に所在し近接する電柱に添架されたものであること、被告公社から本件執行の申立を受けた執行官甲野は、昭和五三年二月八日午前九時二五分から同日午後三時四〇分まで本件執行の対象となる物件を見回つて確認し、本件執行の対象となつた物件のある静岡市、清水市を各三か所に分け、各か所ごとに執行補助者一二、三名からなる班を編成し、執行補助者から各班ごとに一名ずつ責任者を選任したうえ、各責任者に対し、別紙上申書の写を交付して執行につき指示し、同月九日午前九時から撤去作業に着手するよう命じたこと、右指示に基づき右六か所において同時に撤去作業が行われたこと、執行官甲野は主として清水市の三か所を担当し、静岡市の三か所については、静岡地方裁判所の許可を受けて同執行官が選任した執行援助者である執行官乙野が主として担当したこと、本件執行にあたつて執行力ある正本を所持していたのは執行官甲野のみであつた本件執行区域は自動車で比較的短時間で見回れる距離であり、現実に執行官甲野は、無線車に乗車し、本件執行区域を巡回し、無線を通じて全体の執行状況を把握し指示していたこと、以上の事実が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、本件執行は、電柱(七五五本)に添架された有線音楽放送用の線条を撤去するもので、その性質上一ヵ所で執行が完了するものではなく、当然にある一定範囲の区域での執行が予定されるところ、執行官甲野は、同人の職務執行区域内の本件執行区域を六ヶ所に分け、その指示の下に編成した班ごとに、同時に本件執行をなしたものであり、その具体的な執行にあたつても、右各班の執行状況を把握し、監督していたうえ、右執行区域内の何れの地点にも必要に応じて短時間内に到達し得る状態にあつたことが認められる。以上によれば、本件執行は、執行官甲野の責任において実施された一個の執行とみることができ、本件執行の効力を失わせるような違法はなかつたというべきであるから原告の右主張は理由がない。

二次に、原告は、本件執行は線条のほとんどを一スパンごとに切断したものであるから違法である旨主張するので、この点につき検討する。

執行方法が数種考えうるような仮処分の執行に当つては、執行官は、当該執行をすることにより債務者に与える損失の程度、交通の支障等社会生活に与える影響、執行に要する費用、時間等を勘案して、それらのうちいかなる方法を選択するかを決すべきものであり、その選択が他の方法に比し債務者に著しい損害を与えるなどして社会通念上不合理な選択であると認められるような場合を除き、具体的にいかなる方法で執行するかは執行官の合理的な裁量に任されているものと解すべきところ、〈証拠〉を総合すると、本件執行の対象となつた原告所有の線条等を撤去する方法としては、原則として一スパンごとに切断して撤去する方法(以下「切断撤去」という。)と、数スパンにわたつて切断しそれをドラムで巻き取つて撤去する方法(以下「不切断撤去」という。)とがあること、本件執行は切断撤去によつたことが認められるので、以下、切断撤去をしたことが裁量の範囲を逸脱した不合理な方法であつたか否かにつき検討する。

〈証拠〉を総合すると以下の事実が認められる。

1  本件線条が添架されていた公社柱の多くは、比較的交通の頻繁な道路沿いにあり、本件執行による撤去作業は、交通渋滞を引き起こすなど交通の阻害となる恐れがあり、特に本件線条が道路を横断している箇所は、静岡市で二〇〇箇所、清水市で一〇〇箇所あつて、その部分の撤去は、交通を一時しや断して行わざるをえず、また、本件執行に際し得た所轄の警察署の道路使用許可には、一般の通行に支障を与えぬよう作業を迅速に行うことが条件として付せられており、本件執行はできる限り迅速に行うべき公益上の必要があつたこと、そして、撤去作業の時間を短縮し、これに従事する人員を少なくすることは、執行費用の減額にもつながり、執行費用を負担する原告にとつても有利であつたこと。

2  不切断撤去は、切断撤去と比較して、左記作業を余分にする必要があり、約二倍程度の作業時間を必要とし、これに応じて作業員も多く必要とすること、すなわち

(一)  不切断撤去では、線条をドラムで巻き取ることになるから、平らで、ある程度のスペースがあり、しかも電柱の近くであるという場所を探してドラムを設置する必要があること、

(二)  本件線条は、銅でできた心線と鋼でできた支持線を合成樹脂で被覆しているという構造になつているところ、その相当部分はC型引留金物によつて公社柱に固定されていたこと、そしてC型引留金物で固定する場合は、線条の支持線を約四〇センチメートルにわたつて切断しているので、巻き取りの際、その切り口によつて作業員が負傷する危険が生ずるため、右支持線を心線にビニールテープで巻いて端末処理をしておく必要があること、

(三)  線条を巻き取るにあたつては、線条が地上に垂れ下がつて交通を阻害するなどの危険を阻止するために執行区域である静岡市、清水市の相当区間にわたつて、公社柱間に張つてある公社支持線に金車を五、六個取り付け、それに本件線条を通したうえで巻き取ることが必要であること、そして右金車取り付け作業が、不切断撤去が切断撤去に比べて作業時間がかかる主たる原因であつたこと、

(四)  本件線条には、線条と線条とが接続されている接続点(一本の線条の長さは五〇〇メートルで接続する場合には、固定する必要上柱で接続する。その接続する箇所をいう。)、線条が二方向以上に分岐している分岐点、顧客への引込線と線条とが接続されている引込点等に、接続、分岐の際支持線を切断した結果余つた心線を束ねてテープで巻いてあるいわゆる余長部分が存在し、本件線条を巻き取るにあたつては、この余長が金車に引つかかることがあり、円滑に作業が進まないので、電柱に登つてテープをはがし余長部分をのばして一挙に垂れ下がることのないよう手送りでドラムに巻き取るという作業が必要であり、そして、右余長部分は繁華街では公社柱二本に一本位の割合で存在したこと。

3  切断撤去によると撤去線条は屑線程度の価値しか残らないが、不切断撤去によつても、左記の事情から再使用しうる余地はほとんどなく、切断撤去の場合と比較して、その残存価値にそれほど大きな差が出るわけではないこと、

(一)  撤去線条が公社柱と電力柱に混在してある場合は電力柱の引留金物付近で、また、顧客への引込線がある場合は顧客宅の軒先付近で、それぞれ切断せざるを得ず、更に、市街地付近では本件線条が電力線、公社通信線、電話線と交錯し、また、看板等に接触又は接近しているところが多く、そのような場合には、不切断撤去によると、右各線を損傷することなく本件線条も金車に通すことは著しく困難な作業であり、かつ感電事故や信号障害等が発生する危険が大きいので、そのような場所でも切断せざるをえないこと、

(二)  接続点、分岐点、引込点においては、本件線条はC型引留金物によつて固定され既に支持線は切断されており、また、右各点以外の箇所でも線条を公社柱に固定するためC型引留金物が使われている筒所が相当数あり、その筒所も同様に支持線は切断されていること、そして、不切断撤去をした場合でもその線条を再使用するためには、少なくとも切断された支持線を接続することが必要であるが、その補修後の価値は右接続に要する補修費用に比べてそれほど大きなものとはならず、心線、支持線ともに切断された線条をも接続して一定の長さの線条を復元する場合には、補修費用が修復後の価値を上回る可能性もあること、

(三)  本件執行後においても、原告は被告会社から他の地域において本件と同様の線条撤去の仮処分を申し立てられて不切断撤去による執行がなされた事例があつたにもかかわらず、原告はその撤去線条を現在に至るも引き取らなかつたり、被告会社の催促により執行一年後位にようやく引き取るという状態であり、原告自身も不切断撤去による撤去線条にそれほど財産的価値があると考えているとは思えないこと。

以上の各事実が認められ〈る。〉

以上によれば、切断撤去による方法は不切断撤去の場合と比較して、費用、時間とも少なくてすみ、交通を阻害する等社会生活に与える影響をなるべく避けるという公益上の必要にも合致し、一方、撤去線条の残存価値にも大きな差はないのであるから、切断撤去の方法によつたことが裁量権の範囲を逸脱した不合理な選択だつたということはできない。

なお、前記認定のとおり、本件執行後は不切断撤去による仮処分の執行も行なわれているが、本件執行後も切断撤去による執行も同様におこなわれており、いかなる撤去方法によるかは、前記のように線条の添架されている状態、当該執行区域の交通事情等を勘案して決定せられたものであり、右事実をもつて本件執行が合理性を欠くものということはできない。

三次に、原告は、別紙本件線条を電力柱の引留金物付近で切断したこと及び引込線を顧客宅の軒先付近で切断したことは違法な執行である旨主張するので、この点につき検討するに、〈証拠〉によれば、本件仮処分決定は、公社柱に添架されている線条を撤去することを命じていることが認められ、電力柱の引留金物付近あるいは電力柱付近で公社柱に添架されている線条を撤去することは右執行のため不可避なことで当然許容されるべきものというべきであるからなんら違法ではなく(公社柱付近で切断すると、電力柱に残された線条が垂れ下がり危険であることはいうまでもない。)、また、同号証によれば、右仮処分決定は引込線も執行の対象と掲げていることが認められるから、引込線を顧客宅の軒先付近で切断することもなんら違法ではない。

四以上の次第であるから、その余の点を判断するまでもなく、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(川上正俊 満田忠彦 山田俊雄)

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